[杉浦睦夫と最初の胃カメラ]
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登録: 1998. 1. 8


さいたま市のタウン誌「アコレおおみや」No.17 (2013年4-5月号) に「世界で初めて胃カメラをつくった男」として宇治達郎先生の記事が掲載されました。
aladdin の「陽は、また昇る」で「シャープペンシル、新幹線、胃カメラこの国考えた」と歌われています (2008/8)
「オリンパスガストロカメラGT-I」が日本機械学会「機械遺産」機械遺産第19号に認定
胃カメラの最初の特許 (特公昭26-5221、PDF 135K宇治先生のお名前が「守治」と間違って印刷されています)(US2,641,977, 1953, PDF 177K)
レンズクリーナーの思い出
胃カメラは胃かいよう、胃がんなどの診断に欠かすことのできないものとなっています。胃カメラを飲んだことのあるひとも少なくないでしょう。しかし、これが日本人の発明によるものだということは、意外に知られていないようです。杉浦睦夫は東京大学の宇治達郎氏、部下の深海正治氏らとともに、世界で初めて胃カメラを開発しました。その技術は「内視鏡技術」、あるいは「ファイバースコープ」として発展し、各方面で広く使われています。杉浦睦夫の業績をごらんください。
オリンパスドラマスペシャル 光る壁画 (テレビ朝日 2011/10/1 土曜日 21:00)
このドラマは吉村昭「光る壁画」(新潮文庫) をドラマ化したものですが、もともと吉村氏自身が、これは「小説として書いた」と述べているように、氏の他のドキュメンタリーとは性格が異なります。主人公が実名でないように、「菊雄」については大幅に創作がなされています。その理由は、氏がこの作品を新聞に連載執筆の際に「菊雄」以外の当事者に取材をおこなわなかったことがあると思われます (その後連載途中で取材がありました)。
さらに本ドラマでは、ハイライトである、台風で止まった列車内での感動的な議論に「菊雄」がいたように書かれていますが、これは吉村氏の原作とも、また事実とも異なっています。この議論は実際は「梶 (宇治医師)」と「松浦 (杉浦睦夫)」の間でおこなわれたものであり、「菊雄」はこの列車に乗車していませんでした。「菊雄」がプロジェクトに参加したのは、その年の暮れでした。以下の記事をご参照ください。
  • 杉浦睦夫. 「宇治先生の思い出」. 新世界、1987 (8), 52-56.
  • 杉浦睦夫のメモ
    (「宇治さん、会社へ来て下さい。僕のところで一緒に実験をしようではありませんか」 思えば胃カメラ誕生の運命は昭和 24 年 8 月 31 日、キティー台風の夜に決まったのである。 )
  • 杉浦睦夫の肉声「東海大学での講演
なお、この経緯については NHK プロジェクト X で「ガンを探し出せ 〜世界初・胃カメラ開発〜」として放映され、現在 NHK オンデマンドで視聴できます (アクセスできない方はご相談ください)。
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管理者 時実 象一 (tokizanepc.highway.ne.jp)、ときざねそういちのホームページ
参考文献はこちら

杉浦睦夫が創立した株式会社 杉浦研究所

2012/2/15 更新