胃カメラ開発

1949年 (昭和24年) 8月、当時杉浦睦夫が務めていたオリンパス光学工業の諏訪工場に東京大学分院の医師である宇治達郎氏が訪ねてきました。彼は胃の中を撮影できるカメラの開発を依頼しに来たのです。口から飲めるような小さなカメラを作れるのか、光のない胃の中で写真の撮影ができるか。そのような困難に果敢に挑戦した医者と技術者のコンビが胃カメラに発明につながりました。

杉浦睦夫「研究 Memo」(S24. 12. 24)

杉浦睦夫自身のメモから胃カメラ開発のその発端、経緯を見てみましょう。

始めての胃内写真 (S25. 4. 8)

杉浦睦夫の講演記録

(一部)

(昭和 49 年 (1974 年) 6 月 29 日 15:00-16:30: 東海大学湘南校舎に於いて)

  • その頃私はオリンパスに勤めておりました…
  • そこへある若いお医者さんが来まして…
  • 要するに胃袋の中に入れて…
  • あんなこといっちまったけどほんとに写るんかいな…

胃カメラ学会発表

宇治達郎. 胃粘膜写真撮影に就いて. 1950年11月3日. 日本臨床外科学会で発表


城所先生の記事にもある、学会発表直後に日比谷公園で撮影した写真
(後左から、木戸、深海、土居各氏、前左から、杉浦、城所、宇治、今井各氏)


左から深海、杉浦、右端が宇治各氏


オリンパスの研究所で (1951/12/2)

当時の新聞記事

胃カメラの発明は当時の新聞に大きく取り上げられました。当時の記事をご覧ください。

特許

胃カメラの最初の特許 (特公昭26-5221、PDF 135K、宇治先生のお名前が「守治」と間違って印刷されています)(US2,641,977, 1953, PDF 177K)

杉浦睦夫の記事

杉浦睦夫. ガストロカメラ. 診療室. 1954, 6(8), 479-482, 533-535. (医学書院社の許可を得て掲載)
杉浦睦夫. 回顧談 内視鏡に関する光学技術者からの報告. 日本内視鏡学会雑誌, 1963, 5(3), 239-241.
杉浦睦夫. ガストロ・カメラの試作.
杉浦睦夫. 宇治先生の思い出 – ガストロカメラをめぐって. 新世界、1987 (8), 52-56.

宇治達郎

宇治達郎. 胃粘膜写真撮影に就いて. 1950年11月3日. 日本臨床外科学会.
宇治達郎.胃粘膜写真撮影に就いて(第1報).日臨外科会誌 1951;12, p.60.
宇治達郎, 今井光之助. ガストロカメラに就て. 醫科器械學雜誌. 1951, (9), 14-17.
宇治達郎. 「胃粘膜撮影法とその応用に関する研究」. 東京大学博士論文. 1952/8/8.
宇治達郎.胃粘膜撮影法とその応用に関する研究.東京医学雑誌 1953, 61(3), 135-142.


胃カメラを患者に飲ませている宇治先生。

宇治達郎. 初期のガストロ. 日本胃カメラ学会機関誌. 1959, 1(1), 7-8. (「追想 宇治達郎」、宇治達郎追悼集編集会、1986. 11. 13 にも採録)

城所仂

宇治先生と医局で一緒だった順天堂医学部外科の城所仂先生の思い出

城所仂. ガストロカメラ (胃カメラ) 誕生の記録. 日本医事新報. 1985, (3205), 59-63.
城所仂. 「一外科医の歩んだ道」. 順天堂医学. 1986, 32(2), 123-132.

ガストロカメラ外国特許申請の際の三人の開発者の写真 (左から杉浦睦夫 (33 歳)、宇治達郎 (31 歳)、深海正治 (31 歳))(敬称略、年齢は当時)

オリンパス社内で胃カメラを改良していった中坪氏のインタビュー記事です。 (Oyo-Buturi International)(html, pdf)
(応用物理、67(9), 1009-1011, 1998)

杉浦睦夫はその後オリンパスを退社して、1958年 (昭和33年) 光学分野の研究開発業務を専門とする株式会社杉浦研究所を創業しました。杉浦研究所の本社正面に掲げられた記念プレートには、彼の句、

「ガストロカメラと
名付けて闊歩す 暮れの街」 無縫

が彫られています。「無縫」とは彼の号です。

表彰

杉浦らはその後いくつかの賞を授与されました。